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自称フロントエンドエンジニアが何か喚いています。

とあるフロントエンドエンジニアの出産までの記録〜妊娠後期・出産編〜

あけましておめでとうございます。

いつの間にか2018年。インフルエンザが怖くて、生活範囲が家と近所の公園とスーパーになっていますが、私も息子も元気です。

 

前回に引き続き、妊婦だったときの思い出、今回は妊娠後期から出産までのお話です。

 

 

2017年7月

 

実家へ里帰り。一般的には臨月辺りから帰る人が多いようだけれども、病院の都合上このタイミング。

 

私の実家は山山山田んぼ田んぼ山山畑!!!みたいな田舎にある。近くにコンビニなどない。バスが1時間に1本。徒歩範囲内に駅など当然ない。

 

 

23区外とはいえ東京近郊に10年近く住んでいるので、しばらくはその落差で不便 of 不便を体感していた。1ヶ月もしたら慣れたけど。

 

里帰り後、わりとすぐに出産予定の病院で初めて健診を受けた。逆子ちゃんが判明した後の最初の健診でもあった訳だけれども、逆子ちゃんなおらず。

しかもこの時の「横位」というポジションは、いわゆる逆子体操とかでなおるものではなく、寝るときに左側を向くようにするぐらいしかできることがなかった。私がかかった病院は、逆子は例外なく帝王切開になるということだったので、「マジかよ切るかもしれないのかよ…」と少しドキドキしていた。

※ちなみに、お尻が下の逆子ちゃんは病院によっては普通分娩が可能なこともあるそうだけど、横位の場合はどの病院でも例外なく帝王切開になるそうな。

 

寝るときに左側を向く作戦が功を奏し、その後の健診で逆子ちゃんはなおっていた。でも先生が気になる一言をポツリ。「首にへその緒がかかってるねー。でもよくあることだから大丈夫。」

大丈夫って言ってるし大丈夫なんだろうなと思ってこのときは全く気にしていなかったんだけど、今思うとこれはフラグだった。

 

ところで私が里帰り先で選んだ病院は、駅前に7階建の建物をドーン、診察室は10個ぐらいずらーっと並んでいるという、地元でも人気の大きくて綺麗なところだった。東京では先生が1人だけのちっちゃい病院に行っていたので、すごい差である。32週まで分娩予約しなくていいって一体どんなシステムなんだよ…と思っていたけど、圧倒的設備量でカバーする方式だったようだ。

人気の病院だけあって、健診の待ち時間が毎回長時間なのはちょっと大変だった。

 

妊娠後期のイベントとして、病院が開催する生活上の注意やら分娩の流れやら入院の手続きやらの説明をする母親教室というものがある。栄養士さんの「夏野菜は身体を冷やすよー」みたいなフムフムと聞ける話もあったんだけど、それより強烈なのが、院長が「妊娠期間中に〇〇になった方、赤ちゃんは助かりませんでした」みたいな話を1時間ぐらい延々とするのである。注意喚起なのはわかるんだけど、喚起しすぎて怖い話100連発みたいになってしまっていたのはどうなんだろう…。

 

臨月目前ということもあり、この頃に実家最寄りの赤ちゃん本舗に必要な用品を買いに行ったんだけど、何を買えばいいのか全くわからない。
例えば服を買うにしても、「長肌着」「短肌着」「コンビ肌着」「カバーオール」「ドレスオール」「ツーウェイオール」とか何か見慣れない服の種類が満載。

「肌着…はまあ下着なんだろうけど、長肌着と短肌着はどう使い分けるんだ…?コンビ肌着ってなんだ…?」「ナントカオール系はそれぞれ何が違うんだ…?どれを買えばいいんだ…?」と、アタマの中がハテナでいっぱいになるのである。

 

赤ちゃん本舗側もそれを見越しているのか、店舗内に出産準備リストみたいなのが置いてあったので、結局それを見ながら買い物をしたんだけれども、総額14万円の爆買いになってしまって笑った。
チャイルドシートとかベビーカーもこのタイミングで買ったからっていうのもあるけど、赤ちゃん本舗に踊らされた感が満載である。

 

一応は産休に入っていたわけだけど、実家にMacBookProを持って帰り、Magic Mouseも購入し、作業体制をバッチリ整えていたため、何も予定がない日は相変わらず朝から晩まで仕事をしていた。気がつくと夕方で、電気もつけずにPCに向き合っていたりしたのて、帰宅した親に「あんた暗い部屋で何やってんの…」と呆れられたりもした。

 

 

2017年8月

 

基本的には元気一杯な妊婦だったのだが、臨月にさしかかると、とにかく身体は重いしお腹苦しいし胎動であちこち痛い。仰向けに寝転がると自分の腹に押しつぶされそうだった。

 

中にいる人は順調に育ち、大暴れで元気一杯だったのだが、あるとき健診にいくと、先生がポツリ。

「赤ちゃんが少しも下がってきてない。生まれる気配が全くないねぇ。」

※出産が近づくと、赤ちゃんの位置が下がってきて、頭が骨盤にはまってくるらしい。

 

とりあえずは身体を少し動かしてみたほうがいいということで、近所を毎日2kmぐらいお散歩した。お店も何もない田舎道で、ただ歩くのもつまらないので、ポケモンGOでひたすら卵を孵化させるということをやっていたのだが、ポケストップも全くないので、東京で手に入れまくっていた卵も底をついた。こういうゲームはほんとに都会向きだね…。

 

翌週以降の健診でも「赤ちゃん下がってない。」と言われ、あまりにも位置が変わらないのでレントゲンを撮ることに。赤ちゃんの頭が骨盤よりも大きくて物理的に通過が無理な場合があるらしく、その場合は帝王切開するしかないようだ。妊婦ってレントゲン撮れるんだ!?と結構驚いた。

 

レントゲンを撮った結果、頭のサイズ的にも骨盤は普通に通過できるだろう、ということで、引き続き毎日お散歩をがんばるという方向で様子見になった。

 

8月後半になっても相変わらず仕事を頼まれ続けたので不安になり、いつ私がいなくなっても良いように各種作業のマニュアルをまとめまくった。会社側も私が仕事の締めに入り始めたとようやく気付いたのか、単発の簡単な仕事だけをくれるようになった。

 

そして忘れもしない、8月31日。

 

この日の健診での内診で、いわゆる内診グリグリというやつをされたのだが、その時先生が、「少し出血するかもしれないけど、少量なら気にしないで」と言われた。確かにその後少し出血があったけど、先生に言われたとおり気にしなかった。

 

 

思えばこれはフラグだったのだ…。

 

この日はサッカー日本代表のW杯のアジア最終予選の日。これで勝てばW杯出場決定の試合だったので是非とも見たかった。

 

旦那とLINEで会話しながら日本代表が勝利したところまでを見届け、その後深夜に寝る支度をしているときに気がついた。

 

なんかお腹痛い…。

 

ただ、痛みの頻度がかなり不規則だし、痛いときでも酷い時の生理痛ぐらいだったので、「これが前駆陣痛ってやつかな…」と思いながら布団に入ったのだが、どうにもこうにも痛くて眠れない。「これ陣痛…?でも頻度も痛みの強さも相変わらずバラバラだし…」とほとんど眠れずモゴモゴしているうちに日が昇る時間帯に。

 

2017年9月

朝になっても状況が変わらなかったため、朝イチで病院に電話してみたところ「一応来てください」とのことだったので、入院の準備をして母に車を出してもらい病院へ。そして診察。

 

先生「破水してますね。」

 

破水というと、普通は水がジャーッと出てくるのだけれど、私の場合「高位破水」という、卵膜の高い位置が破れる現象が発生したために気付きにくかった。前日に出血したのは内診のせいではなく、実は破水していたようだ…。

 

破水していたものの、中の人はほとんど下がって来ておらず、陣痛も弱かったため、「陣痛促進剤を使ってみて、それでもダメだったら帝王切開」という出産プランに。先生曰く「まぁほぼ帝王切開になるでしょう。お母様は待機しておいてください。」

なんだか大変なことになったなぁ…と東京にいる旦那に入院決定の報告をしつつぼんやりしているうちに、あれよあれよと陣痛室をすっとばして分娩室へ直行。

 

分娩台に上がり、お腹に色々器具を付けられ、室内にあったモニターには色んなグラフが映し出されており、興味深くみていた。どうやら一つのグラフは痛みが強くなるタイミングで大きくなるグラフのようだったので、まだ余裕がうちは、あー今から痛くなるんだー…おー、痛いぞみたいな感じだった。

 

そのうち促進剤の投与が始まったのだが、そしたら割とすぐに激痛。いや確かに陣痛は痛いって聞いてたし知ってた。でもこんなに苦しいなんて聞いてない。身体が勝手に全力でいきもうとするんだけど、我慢しなきゃいけないという苦しさと、内臓収縮の痛みが重なって、もはやわけがわからない。

促進剤投与前は「今こっちに向かってる旦那にLINE実況しながら出産とかどうよ(笑)」とか考えてたんだけど、そんな数分前の自分を殴りたくなった。

 

促進剤を投与されてしばらくすると、お腹にドンッと衝撃があり、水が大量に出て来た。これぞThe 破水だ!!といえる破水だった。助産師さんを呼んで後処理をし、その後分娩室に一人ポツンと置いとかれたのだけど、助産師さんが戻って来てモニターを確認し一言。

 

「まだ陣痛弱いから、促進剤増やしますね」

 

おいうそだろ今でもこんなに痛くて苦しいのに…と軽く絶望した。

 

陣痛で苦しんでいると、助産師さんから「学生の実習に協力してもらえないか」という申し出があり、力なく「あ…はい…いいですよ……」と深く考えずにOKした。学生さんは私の腰をさすってくれたりお尻を押さえてくれたりして今考えるとありがたいんだけど、当時は内心「そこじゃねぇぇぇぇ!!!私が押さえて欲しいのは尻だよ!!!尻の穴だよ!!!!お前の肛門はそんなところに付いてるのかよ!!!!!」と怒鳴り散らしたい気持ちで一杯だった。ごめんなさい。

※陣痛を和らげるときに肛門あたりを押さえるのが有効なのです。

あんなに誰かに尻の穴を押して欲しくなる瞬間が訪れるなんて、人生とはわからないものである。

 

学生さんに尻の穴じゃないところを押さえてもらいながら、再度助産師さんが確認。

 

「まだ弱いですねぇ…このままもうしばらく様子を見て、変わらなければもっと量増やしましょうか」

 

まじかよどんだけ痛苦しいんだよ出産…と再び絶望。助産師さんに「がんばって」と励まされていたけど、「私もうこれ以上頑張れないから切ってくれ。」って思った。

 

結局状況はかわらず、促進剤増量。

 

あまりに状況が変わらなかったせいか、助産師さんに体勢を変える提案をされた。土下座ポーズみたいな感じだったのだけど、この姿勢がまた辛い。陣痛で苦しいのに加えて、今度は首とか肩とかが陣痛関係なく痛い。もとの横向きに戻りたい……とひたすら考えていた。

 

このとき、時々赤ちゃんの心拍が弱くなることがあったらしく、鼻のところに酸素のチューブをつけられた。私は私で「呼吸ちゃんとしなきゃ!!!」とは思ったんだけど、陣痛が苦しすぎて時々呼吸方法を忘れていた。

 

この辺りから記憶があやふやになってくるのだけど、何回か姿勢を変え、促進剤を増やし、子宮口全開になり、もう少しで生まれそうというタイミングで、奇跡の旦那到着。(本人の希望もあって立会い出産希望だったが、遠方なのでほぼ諦めてた。)

助産師さんが「お父さんきたよー!」と言って連れてきたんだけど、このとき私はもうクタクタで、力なく「いらっしゃい…」というので精一杯だった。

 

その後「次痛くなったらいきんでね」と言われ、ついにいきみ解禁。いきんだり休んだり。なかなか疲れるんだけど、陣痛をひたすら耐えてるよりは全然マシな状態。

 

そんなことを繰り返しつつ、痛みが去り休んでる間に周りを見ると、いつのまにか助産師さんがいっぱい。そしていつのまにか分娩台の横に設置された台の上に先生が乗っている。

 

「赤ちゃん出て来ないので、吸引します」

 

そう言われて、器具を装着されたあと、いきみはじめたと同時に台の上に乗っている先生が、私のお腹を思いっきり押しはじめた。めっっっっっちゃ痛い。人生の中でこんなに全力でお腹を押される機会ってなかなか無いと思うレベルで押されて悶絶するレベルだったけど、とりあえず産まなきゃいけないのでひたすらいきみ続けた。そんなことを何回かやって遂に、2017年9月1日 16:58に2820gの男の子、爆誕。

 

そのあといつのまにか切られていた会陰を縫合したり、へその緒がたすき掛けみたいになっていたからなかなか赤ちゃんが降りて来られなかったんだねという話を聞いたり、役目を終えた胎盤を見せてもらったりして過ごし、やっと赤ちゃんとご対面。この小さな自分じゃない生き物が、さっきまで自分のお腹の中に入っていたなんて、ニワカには信じられないなぁとぼんやり思った。

 

そこの病院では、出産当日のみしっかり休むために母子別室だったのでしばしのお別れをし、持ってきた寝巻きに着替えてさぁ部屋に行こう、と分娩台を降りた瞬間、世界の音が急に遠くなり、目の前の風景から色が消えた。何かの比喩ではなくマジで。恐らく貧血的な症状。分娩台の横には車椅子が用意されていたのだが、確かに車椅子無かったら移動が無理なレベル。数時間でこんなに消耗するなんて、出産って本当に壮絶だなと思った。

 

退院前に返却された母子手帳を見ると、分娩経過の欄には「破水、陣痛開始入院。微弱陣痛で促進、回旋異常のためクリステレル圧出法」と書かれていて、恐らく経膣分娩の中ではフルコンボな方で、本当に帝王切開一歩手前。現代じゃなければ死んでる出産だったのでは…。

 

 

以上、出産までの思い出話でした。

 

出産から4ヶ月半。ますます可愛くなっていく息子のこれからの成長がとても楽しみです。

とあるフロントエンドエンジニアの出産までの記録〜妊娠中期編〜

おっぱいを出してたらいつの間にか2ヶ月が経過していました。出産したのが1年ぐらい前のような、そんな感覚があります。今日も壁に向かって良い笑顔を見せる息子がとてもかわいいです。この笑顔で「おもちゃ買って」って言われたら無限に買ってしまいそうです。

 

前回に引き続き、そんな親バカ人間の、妊婦だった時の思い出。今回は妊娠中期のお話です。

 

 

2017年4月

 

相変わらず飯がうまい妊婦状態。

 

妊娠前は毎週末飲み歩き、食事を作るのがダルい、片付けめんどい、そもそも平日夜は仕事が終わるのが遅くて作るの無理、ということで、もともと我々夫婦はあまり自炊をしていなかった。妊娠発覚してからは酒は一切飲んでいないが、食生活自体はあまり変わっていなかった上、食欲魔人が降臨している状態。するとどうなるか。

 

体重が4週間で4kg増加した。

 

助産師さんも母子手帳を二度見するレベルである。

※妊娠中あまり太りすぎると母体も胎児も命に関わってきたりするので、妊娠の全期間での体重増加量は妊娠前の体重にもよるが、10kg前後に留めておくよう指導がある。ただ増やすだけではなくペース配分も重要で、胎児があまり大きくないこの時点で4kg/月の増加はかなりヤバい。

 

ここまで体重の増減があまりなかったんだけど、ここにきていきなり見たことない数字になってて恐怖におののいた。当然先生にも怒られた。

 

さすがにこれはメチャクチャ反省した。私が死ぬだけなら自業自得だが、中の人に迷惑をかけてはいけない。元気に生まれてきてもらいたい。食生活を改めはじめた。

 

とはいえ仕事の状況が変わるわけではなく、昼食は相変わらずコンビニ飯で、夕食は時間が不安定。食事を抜くのも中の人に影響が出てしまう。とりあえず間食はやめて昼食の摂取カロリーだけでも抑えようと思い、ローカロリーである程度値段が安くて食べ応えがあるものを日々模索していた。おかずサラダ系やらおつまみかまぼこやらをよく買って食べてた。

 

この頃の妊婦健診のときに「性別ってもうわかりますか?」と聞いてみたところ、産科の先生はエコーを見ながら「これが袋でこれが棒。男の子だね!」と解説してくれた。根拠はないけどなんとなく女の子だと思っていたので、それを聞いたときは「男の子!へー!男の子!!」と謎の感心をしていた。私が持ってない臓器を持ってる人間がお腹の中にいるって、なんだか不思議な気がした。

 

子どもが生まれるにあたって、少々問題があった。当時、我々は夫婦2人で1LDKの家に住んでいたのだが、ダイニング部分にはでかいPCデスクが2つ鎮座しておりダイニングなど初めからなかった感じだし、リビングには本棚やらソファやら色々置いてあってものを増やせない、寝室は夫婦2人で寝るのが限界な広さのベッドとタンスだけで精一杯。家のどこにも赤ちゃんが安全に居られそうなスペースがない。うわっ…私の家、狭すぎ…? 問題である。しかも大きい駅まで徒歩5分で、そこそこ人気のエリアいう好立地だったため、うわっ…うちの家賃、高すぎ…?問題も併発していた。

 

7月初旬から里帰りする予定だったので、引っ越すにもほとんど時間がない。そういうわけで、ゴールデンウィーク前に大急ぎで家を探した。

 

この引っ越しについては結論からいって、家はそんな大急ぎで探すもんじゃない…という反省と、不動産屋の担当者への「あいつマジで糞だな…」という感想ばかり浮かぶ結果となった。家周辺の環境は悪くないけれど。ホルモンバランスの影響もあってかスーパーウルトラネガティブになっていたため、引っ越した翌日から「もう引っ越したい…」と後悔と反省ばかりしていた。(今はもう慣れた。)

 

2017年5月

 

ゴールデンウィークに私の両親と共に旦那の実家へ行った。妊婦健診の際に「旅行で気をつけることはありますか?」と聞いたところ「食べ過ぎないようにね!」と釘を刺された小太り妊婦なのである。

 

だが義理の実家は北海道。そんなに頻繁に行けるわけではない。

 

 

まあ食べるよね。

 

旅行中よく歩いたし、旅行前後でとくに体重変わってなかったからOKということにしておいてください…。

 

妊娠中にやってみたかったこととして、飛行機の優先搭乗がある。単に早めに乗れるというだけなんだけど、人生の中で優先してもらえる時期っていうのはかなり限られていると思うので、積極的に優先されてみたかった。

 

本当は、空港のカウンターでもらえる航空会社オリジナルのマタニティマークが欲しかったんだけど、空港に着いたのがギリギリだったのでこちらは断念した。

 

GWあけたら引っ越しの準備に明け暮れた。新しい家は一部屋増えたものの、古い物件だったこともあり収納力が少し落ちていたので、いらないものはひたすら処分。HDDが死んだままずっと放置していた10年もののiMacやら、私が関東に来てから使っていたWinXP搭載の11年もののDellのPCやら、わりと最近までネトゲ用として使っていたけどある日突然Windowsが正しく開始できずにご迷惑をかけるようになったHPのPCやら、うちにはなんでこんなに使ってないPCの残骸がたくさんあるんだろう…と心の底から思った。

 

重いものを持てないし、高いところにあるものは取れないし、妊婦は引っ越し作業が本当にやりづらい。でもとんどん作業を進めなきゃいけない。平日日中は仕事。帰ったらちょこちょこ梱包。土日にガーッと梱包。こんな毎日を送り、直前まで梱包作業をしまくり、引っ越した。

 

妊娠の経過については、前月に+4kgで助産師さんに二度見させた私だったが、食べ物にひたすら気をつかった(GWを除く)結果、体重が少し減少していて妊婦健診のときに驚かれた。「ご飯ちゃんと食べてる!?」と確認もされた。※ちゃんと3食食べてました。

お腹の中の人も元気いっぱいだし、わりと健康優良妊婦だった。気をぬくとすぐ太るけど。

 

 2017年6月

 

産休に入る前のラスト1ヶ月。私が抱えていた仕事の引き継ぎやら、資料作りやらでバタバタしていた。翌月早々にはいなくなるというのに、クライアントの担当者に挨拶しにいったり、新規案件をバシバシやったり結構カオスでもあった。

 

私の仕事は家にいてもできたので、実家にPCは持参して出産直前まで仕事する気ではいたんだけど、それにしても仕事が途切れず、9月には私動けなくなるけど、大丈夫かよこれ…と思ったものである。

 

妊娠の経過的にはとても順調で、一時期ヤバいレベルで増加した体重も横ばい状態。このまま無事に出産までいけるといいなー、と思いながら、里帰り前の東京で受ける最後の妊婦健診に赴いたところ…

 

「あっ、逆子ちゃんだ…」

 

ここにきて中の人が逆子になっていたのである。しかも頭が横に来ている体勢。(横位と言うらしい)おいおい2週間前の健診では何もなかったじゃん…何故今更…。ただ、まだ自力でくるくる動ける段階のようで、紹介状に逆子のことを書きつつも様子を見る感じに。

 

確かに言われてみると、胎動を感じる部分が脇腹に近い部分。一体どんな体勢なんだ…と不思議に思っていた。逆子のままだったら帝王切開かな…産後大変そうだな…と思っていたけど、まあ大丈夫だろ!と思っているスーパーポジティブな部分もあった。

 

ちなみに私は無痛分娩を希望していたが、里帰り先の病院は経産婦しか無痛分娩ができない病院で、どっちにしろ痛いのは回避不可能だったので、わりと「無事にうまれてくるのであれば、もうどうにでもなぁれ☆」という感じだった。

 

 

 

妊娠中期から後期にさしかかるときはこんな感じに過ごしておりました。まさかの逆子のまま病院を変わるとは思わなかった。経過がよくても妊娠中は何が起こるか本当にわからないですね。次回はそれを更に痛感した妊娠後期・出産編です。

とあるフロントエンドエンジニアの出産までの記録〜妊娠初期編〜

9月1日に子供を産みました。可愛い息子です。毎日泣いてる理由を探して、抱っこして、腰痛になりましたが私は元気です。

妊娠期間中のことを思い出すと、ひたすら仕事ばっかりしてて、マジで妊婦らしさとは程遠いな…と今になって思うのです。マネしてはいけない。

そんな社畜フロントエンドエンジニアの妊娠から出産までを思い出しながら書いてみます。まずは妊娠初期の話。

2016年12月

仕事が最高潮に忙しい。

会社の窓の外は煌びやかにイルミネーションが輝いてたけど、帰る時間には既に消灯されてる毎日。ストレスマックス。昼ごはんもまともに食べてなかった。

毎日終電近くで帰ってきてからFF15を数時間プレイすることで自分を保ち、翌月から3ヶ月連続であるライブだけを励みに生きていたこのころ、生理が来てないことには気がついてた。生理周期の安定感に定評のある私だったが、さすがに忙しすぎて周期がおかしくなったのかと思っていた。

2017年1月

年始は旦那の実家で過ごしてた。義理の実家で何もしないクソ嫁っぷりを発揮し、遊び呆けてた。アイススケートに初挑戦し、義理の姉と甥に醜態を晒すなどして過ごしたり、酒呑んだくれてたり。環境かわったら生理くるかもなー、と思って準備してったが、やはり来ない。

正月休みも終わって出社して、また周囲を呪うレベルの忙しさがやってきたのだが、このころ死ぬほど体調が悪かった。吐きそうだった。仕事とかやってらんなかった。

生理こない。
体調悪い。


あれ?私妊娠してね?


と、この辺りでようやく気づくことになる。


会社帰りにソッコーで妊娠検査薬を入手し使ってみると、ハッキリと陽性反応。光の速さで旦那に報告。喜んでもらえて安心した。

そしてすぐさま産婦人科検索。このときはまだどこで産むとか考えてなかったが、里帰りしなかった場合のことも考えて、初期から出産まで全対応で、「自然派」とかうたってなくて、痛いのが嫌過ぎたので無痛分娩可能なところを探した。自宅周辺にはなかったので、別の駅になった。

これまで産婦人科とか一回も行ったことなくてキョロキョロしながら行ったけど、おじいちゃんおばあちゃんのいない綺麗な病院っていう印象だった。


軽く助産師さんとお話して、内診して、先生から「確かにいらっしゃるね」とお墨付きをもらった。


このときは全く実感がわいておらず、まず思ったのが

今月と来月と再来月のライブいけるの???

※結局1月と2月のライブは行かなかった


会社へ報告するタイミングをとても悩んだのだけれど、弊社は社長1人社員2人という極小会社で、誰かが突然いなくなるとヤバい。中の人を優先しながら社畜街道を爆走するには早めに言うしかねぇな…と思い心拍確認前に報告した。


私の親にはすぐ報告したけど、義母への報告はちょっと待ってもらった。


後日、中の人の心拍確認をし、母子手帳をもらうと、「私妊婦なんだなー」としみじみ思った。


どこで出産するかは悩んだけど、親の勧めもあったので里帰りすることに。里帰り後の病院の目星をつけ連絡し、分娩予約とかはどうすれば良いか尋ねたら、まさかの初診のとき(32週ごろ)でOKとの回答が。先着順とかじゃないの?予約埋まらないの?とかビビりまくったんだけど、どうも予約を断らないというスタンスの病院だったようだ。

東京でかかっていた産婦人科では10週の段階で分娩予約が必要で、なおかつ早く予約しないと枠が埋まってしまったりだったので、病院も色々だなーと思った。


そういえば、母子手帳と一緒にマタニティマークを貰ったので、通勤バックにつけたんだけど、あまりいい話を聞いたことがなく(暴言吐かれたとか押されたとか…)しばらくは内心ドキドキしてた。でも私の運が良かったのか被害にあった方の運が悪かったのかはわからないけれども、親切にしてもらったことしかなかった。

今考えると意味不明なんだけど、この時は親切にされ慣れていなかったため、人に親切にしてもらうのは肩身が狭かった。電車の席譲ってもらいながらスマホいじるのは失礼なのでは…?とか思って、車内の広告をじっと見つめつづけたりとか。自分が譲る側だったときは、譲った相手が席で何してようが何ひとつ気にしたことはなかったのに。


ちなみに、今電車で私の前に妊婦さんがきたら速攻で席譲りますので是非どうぞ!

2017年2月

つわりまっさかり。私はつわり自体はかなり軽い方ではあった(と思われる)。


とはいえ常に車酔いみたいな状態ではあったので、通勤電車や会社ではつねにゲロンパとの戦いである。ポイフルを食べると少しマシになっていたので、頻繁に購入していた。


よく耳にする食の好みの変化というものは全く起こらず、食べられなくなったものも、食べられるようになったものも特になかったが、この頃はとにかくマックのポテトを食べたかった。妊婦にはありがちなことらしい。

しかし会社の近所にも家の近所にもマックは存在せず、旦那が会社帰りに買ってきてくれてたけどポテトはしなしなで、私のポテト欲を満たすことはできなかった。だましだましじゃがりことかじゃがビーとか食べてた塩分過多妊婦である。


その他の変化としては、通勤路にLUSHがあったんだけど、とにかくその店の前の匂いで吐きそうになってて、この店の存在を呪った。あとは会社に置かれた消臭パフパフのにおいとか、柔軟剤のにおいも苦手になった。一般的にはいい匂いであっても、妊婦にとってはテロになりうることをこの時知った。つわりの時期過ぎたらなんてことはなかったけれども。不思議である。

風邪予防って意味もあったけど、においをごまかすために常にマスクを着用してた。


私のかかった産婦人科はありとあらゆる検査をフルコースでやってくれるところだったので、妊娠初期の段階では健診1回につき補助券使っても自費での負担額が¥20000超えとかになってて、出産って金持ちにしか許されないやつなのかよ…って思った。(病院によると思います)

お金と引き換えに、現状は極めて健康体という事実を手に入れた。


仕事については年末からやっていた案件がやっとひと段落つき、まともな時間に帰宅できる日も多くなった。私の業務的にPCとネット環境さえあればどこでもできたので、実は自宅でやってもOKという会社側の許可もあったんだけど、膨大な量のデータを持ち帰るのがダルい、という理由でよっぽど体調が悪いとか、やたら天候が悪いとかでもない限り、だいたい毎日LUSHの匂いに吐きそうになりながら出勤していた。


残業しまくり&残業代などない弊社だけど、良いところとしては、仕事が問題なく進むのであれば、出勤時間は各々の裁量に任せる、という感じのところ。平日のライブ参戦時は余裕で定時(一応存在はしている)2時間前退勤とかしていたが、妊娠中は朝のラッシュを避けられる時間帯に出勤できたのがありがたかった。

ただし帰宅ラッシュだけはなんともできず、たまに定時に会社を出るとぎゅうぎゅうの満員電車で、お腹だけは死守する感じであとはひたすら無になってた。満員電車コワイ。目の前にマタニティマークをつけた妊婦さんがいたこともたまにあって、ああこの人もがんばっている…と、勝手に仲間意識が芽生えてたりした。

2017年3月

つわりもやや落ち着き、飯が美味い時期に突入しつつあった。下北のマジックスパイススープカレーを食べたり、コメダでモーニングを食べたり、普段の食事もお菓子もモリモリ食べる、食欲王マタニティに進化。これが後に体重となって重くのしかかることをこの時の私は知る由もなかった。


1月と2月にあったライブはチケットも買ってあったが泣く泣く見送った私だったが、3月なら安定期に差し掛かりつつあるし、ここで行けなかったらもう数年ライブ参戦できないとか無理です絶対行きたいです、と産婦人科の先生に相談したところ、「ジャンプ禁止」「何かあったら抜け出せるところで見る」という感じなら行っても大丈夫というドクター許可をいただいたので、喜び勇んで行った。ライブはとにかく最高でしたがそれは置いといて。


この辺りで私の両親が私の様子を見に東京に来た。この時の私は赤ちゃんグッズはおろか、マタニティ用品も何一つ持っていない状態だったのだが、なにしろ妊娠は初めてだし親が妊婦だったのは30年近く前で何一つ覚えてないと言うし、まだお腹も目立ってないしつわりがあるぐらいで身体になんの変化もなかったため、何を揃えていいかわからない。赤ちゃんの服を買うにも、性別がまだわからないのでどの色を買うかも決まらないし、結局直近で使えそうな妊婦用の腹巻みたいなのがついたジーンズとか腹帯とか買った。

今になって思い返すと腹帯はほとんどつけてなかったし、お腹の冷え防止には貼るタイプの使い捨てカイロを使っていたし、あんまいらなかったな…。腹ガードつきジーンズは臨月まで履き倒した。


この頃、仕事が非常にカオスな状態になっていた。弊社はとても人数が少ないが故に、会社の中で私しかできない作業というものが数多く存在し、それが年度末に大量に押し寄せ、毎日がエブリデイ\(^o^)/状態に。更にもう1人の社員の身内に不幸があり、その人が抱えていた案件は外注することになったのだが、何故かその指示出しやらチェックやらを私がやることになり、自分の仕事が全く進まない(白目)。またもや定時過ぎてからが本番、という事態に陥ったのである。

さすがに終電近くまでやっていると、疲労からかお腹の張りがかなりあり、毎日苦しみながら帰宅していた。今思うとても危険な働き方してたなと、反省しかない。


平日は毎日こんな状態で、夕食はどうしていたのかというと、スーパーの値引きされたお惣菜orコンビニめしor松屋という、妊婦には良くなさそうな感じだった。気休めに、サラダとかおひたし的なものもつけるようにはしていたけど、どう考えてもカロリーも塩分も取り過ぎダヨネー。幸いにも妊娠中毒症とかにはならなかったけれども。




こうやって思い返して見ると、今目の前にいる息子、よくぞ無事に産まれて来たな…と思うぐらい毎日ストレス&不摂生な生活を繰り広げてたなと感じます。次回の妊娠があるかどうかはわからないけれど、もしあるのならもっと中の人に配慮した生活を送りたいですね。


次回は妊娠中期の思い出を書きます。

カゴヤサーバーでWordpressに色々不具合が出た話

ゴヤのマネージド専用サーバーにWordpressをインストールしたときのこと。
管理画面にログインしてみたところ、デザインが崩れている。(管理画面以外は通常)
一個解決してもまた別の問題が発見される、みたいな感じでした。

結論から言うと

.htaccessに下記の一文を追加でなおります。

php_value output_handler none



解決までの流れ

管理画面の崩れは表示的に、どうもCSSが適用されてないっていう謎現象。Google先生に助けを求めたらまさにドンピシャな記事を発見。

3004.jp

こちらの記事通りに、wp-config.php

define('CONCATENATE_SCRIPTS',false );

と追記したら、管理画面がまともに表示されました。
また、メディアライブラリも上記の記事と同じようにずっとローディング中だったので、wp-admin/admin-ajax.phpも同じように修正したら、ちゃんと表示されて記事に挿入もできるようになりました。

コアファイルいじるのどうなんだろうなあとか、仕方がないかあとかなんだかモゴモゴしつつも、解決したならしばらくこのままでいってみるか、と思った矢先、アイキャッチ画像が設定できない(アイキャッチ画像の設定項目は出ているが、画像を選択しても反映されない)という不具合が発生。

どうしたものか、と思っていたらこんな記事を発見。

kamadolog.com

まさにこの症状では...!と思って.htaccessに一文を追加したら全て解決しました。
その後wp-config.phpとwp-admin/admin-ajax.phpももとに戻しましたが、問題なく動作しています。



php_value output_handlerっていうのはPHPの内部エンコーディングの指定で、それ関連のエラーの模様。
参考にした記事の日付から半年以上たってもまだある問題なんだなあ...なんとかしてくれよ....。

Mac版Safariとoverflowとposition:fixedの話

久々に大きめのサイト構築をしているんだけど、なんかものすごい初歩的な部分でつまづいたので実験。
縦いっぱいにメニューを配置して、position: fixedにし、Y方向にはみ出た部分はスクロールできるようにする、っていう下記のようなレイアウトのページを作ります。

f:id:kasanka:20161121212502p:plain


で、上記のメニュー部分をHTML化したのがこれ。

下層コンテンツを入れ子にすることで、JSとか組まなくてもCSSだけで簡単に実装できる複数階層のメニューです。


ChromeFirefoxでは想定通り、オンマウスでメニューの右側に「はみだすエリア」が表示されてます。

f:id:kasanka:20161121214039j:plain



ところがSafariで見てみたところ、はみだすエリアが表示されてない!

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LinuxでMinecraftのサーバーをたてる

マイクラは一人でも楽しいですが、皆で遊ぶともっと楽しいですね。
だからサーバーをたてましょう。
皆で繋ぐと負荷がかかるので、サーバー専用機をつくりましょう。
Linuxで構築しましょう。

今回はMinecraftサーバーをたてるまで。

※記事の書き始めからだいぶ時間が経ってしまったため、書かれているバージョンは最新版ではない可能性があります。

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PATHをめぐる小話

でもいい加減Gitを業務に取り入れたいんだ...と思ってGitをインストールするところから始めていたわけなんですが、そこから始まった、PATHをめぐるお話の覚書です。
※発端はGitですがGitほぼ関係ない話です。

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